2018年 06月 23日
暗いブティック通り パトリック・モディアノ |

10年前不意に記憶喪失に見まわれたが、C・M・ユット(私立探偵)に名前、戸籍、身分証明者を与えられたギー・ロラン。彼は引退してニースに去ったユットの仕事を引き継ぐ。物語は私立探偵ギー・ロランがパリ中を歩き回る自分探しのトリップ。
モディアノの小説は、歩き回る公園も地下鉄も通りもカフェもすべてリアルな地図の上に明解に描かれる。しかし、人と名前は、その記憶となると今回はすべてが全くの曖昧模糊。描かれる空間世界は揺らめく人間世界同様カタチを失って行く。手がかりは印象や雰囲気、幻影のように漂う空間の香り。しかし、ギーの人間世界は一向にカタチが見えてこない。それはまさに如来も菩薩も明王もいない曼荼羅のような世界と言えるようだ。
しかし、振り返って見ると、今回のこの小説が描いているのは失われた世界でも置いてきぼりにされた人間でもない。なんとなく、いま我々が生きている、そのまんまの世界ではないかと思えてくる。我々はいま、何をしようとしているのか、どこに行こうとしているのか。すべての世界は幻影のように揺らぎ、人間たちはただただ幽霊のように彷徨っている。
あっ、一つだけ確かなことがあった。「暗いブティック通り」とはイタリア・ローマのヴィア・デル・コルソをヴェネツィア広場へ、ヴィットリオ・エマヌエーレ二世の記念碑の手前を右手に曲がった通りの名のことだそうで、イタリア共産党の本部がある通りを言う。
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by leporello1
| 2018-06-23 09:26
| Literary work