2017年 11月 04日
紙の上の建築 日本の建築ドローイング1970sー1990s |
そんな中、大学を卒業する建築家の卵たちは、産業化社会に身を投じるか、近代においても可能な建築による表現の道を選択するか大いに悩んだ。
思い出してみると、決して、二者択一であったわけではないが、建築設計領域を大人数の安定した組織事務所を選択するか、パトロンもなしに独立独歩で新たな建築の表現の道に身を投じるかは大きな別れ道だったのだ。
そんな状況を「残像のモダニズム」(2017年9月21日岩波書店)で槇文彦さんは前者を「軍隊的世界」とするならば、後者は「野武士」であったと書かれている。
そしてポイントは新世代の建築家は地域社会の人々と密に連携したり、改修工事や保存を積極的に引き受ける「民兵」として活躍している、ということだ。
前書きが長くなったが、見学した「紙の上の建築」は「野武士」としての建築家たちのドローイング集といって良い。
展示は「紙の上の建築」であり、実際の建築写真でも実物模型でもなく、全てが二次元の平面に描かれた建築コンセプト。
最近流行している有名建築家の模型や完成パースでもなければコンピューター図面でもないのがこの展示会。
民兵建築の時代は建築家のつくるカタチやコンセプトより、TVやYouTubeで語る建築家の言葉が重要かもしれないが、建築家ではなく「建築が意味するコンセプト」が描けなければ建築ではない、と言うのが軍隊時代の野武士だった。
展示室の中央には柱状に四面のビデオ画面、4人の「野武士」がおのおのご自身の作品を「オーラルヒストリー」のかたちで語っておられる。
その中で原広司さんが最も興味深い。
彼はボクの大学時代、「建築に何が可能か」(学芸書林)を出版され、建築をどう作るか(how to)ではなく、何を作るか(what)をラジカルに語っておられた。
四面画面はヒストリーであるだけに、みな過去の事ばかりだが、ボクにとっては懐かしさが先にたち、野武士の時代はもはや終わったと感じられた。
しかし、槇さんが書かれたように現在は民兵の時代ではあるが、建築が消えたわけではない。
この機会が、若い建築家たちのラジカルなカタチ作りに貢献する展示会であってくれれば良いと思っている。
by leporello1
| 2017-11-04 10:07
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