2012年 10月 24日
映画・最終目的地 |
ホフマン物語の「舟歌」に終わる。
といっても、舞台はイタリアのヴェネツィアではない、
オチョス・リオスだ。
オチョス・リオスは八本の川という意味だがそれは地名ではなく、
ユルスの自殺で残された妻と愛人と愛人の娘の3人が住まう、
古めかしい塔のある屋敷の名前。
近くにはユルスの兄アダムとピートが住まう、製粉所を改装した石造りの丸い建物があるが、周辺は樹林と畑と湿地と小さな湖だけ、他に人家はない。
つまり舞台は、南米のウルグァイの辺境の小世界。
その小世界にイラン生まれのオマー・ラザキがやってくる。
オマーはアメリカ コロラド大学の文学研究生、「ゴンドラ」の作者であるユルス・グントの伝記を書き、奨学金を得なければならない。
そのためには、ユルスの兄や妻や愛人の許可が必要。
彼は恋人であるアメリカ人ディアドラ・マッカーサーに励まされ、カンザスから遥々とウルグァイの辺境を訪ねるのだ。
アダムとユルスの母はかなり裕福な一族のユダヤ人、ナチスに追われた両親はオチョス・リオスに屋敷を構える。
兄弟ふたりもオチョス・リオスに住み続けるが、やがて、両親を失う。
弟ユルスはフランス生まれのキョロラインを妻とし、カナダ生まれのアーデンとの間に娘ポーシャを得る。
しかし、二冊目の小説を書き終えたのか、出版を待たず理由不明のまま自殺する。
兄のアダムはかってシュトゥットガルトのオペラ座の支配人、とアダムと共に住まう愛人ピートが語る。
ピートはバンコックの売春婦の息子。
17歳の時、あるドイツ人の男がシュトゥットガルトに連れ帰り、そこでアダムと出会う。
ピートはその時、劇場の大道具係だった。
そんな、バラバラな5人が住まうウルグァイの辺境、小説ではオチョス・リオスは塔のある屋敷、製粉所は丸い建物だが、映画ではその外観は判然としない。
しかし、小説では説明出来ない住人たちの個々の部屋のインテリアは映画ではかなり個性的、その雰囲気は緻密に彼ら一人一人の自意識を象徴しているかのようでとても興味深い。
事実、この物語は感情を理知的に洒脱な言葉で語る、自意識の強い個性的な人たちによる会話劇なのだ。
理知的であるがためその言葉は時に鋭く、相手を傷つける。
しかし彼らの言葉には悪意はない。みなやさしい、そして哀しい小世界の住人たちの物語。
なにを書いているのだろう、映画や小説の中身を書いても意味がない。
意味がないどころか、このドラマにはドラマチックな場面はどこにもない。
なんとなく、昔の村上春樹の小説に似ているようだ。
いや、個性的な個々のドラマが終わった後のドラマと言えるかも、だからこそ「最終目的地」。
いや、ここがまた静かな人生の始まりだろうか。
「永遠に生きたいとは思わないが、しばらく生きる分には人生は悪くない」
あるいは「うわべは優雅で理知的だが裏にはディケンズの屋敷が隠されている」、
小説で読む老獪なアダムの言葉は記憶に残っていたが、同じ言葉を映画で語るシーンのアンソニー・ホプキンスには唸ってしまった。
読んでから見るを立て前としているので、映画の上映を知り、あわてて読んだこの物語、最近になくとてつもなく面白かった、と言っておきたい、小説も映画も。
だからこそ、一昨日読み終わり、今晩はシネマート新宿。
そして今、記憶がさめぬ間にブログにしている。
当然のこと小説には書かれてはいるが映画では省かれている部分は沢山ある。
興味深いのはオマーとアーデンのふたりが、昔、グント家の両親がヴェネツィアから持ち込んだゴンドラを見に行くシーン。
このドラマの主要な変局点であるだけに言葉と映像はことごとく一致しない。
小説家は言葉として粋を凝らし、映画作家は映画としての絵に悉くこだわった。
もっとも感心したのはラストのオペラのシーン、小説では誰もが知るホフマン物語の舟歌、
しかし、いくら「ゴンドラ」がらみでも、この哀切な二重唱を映画で聴かせてしまったら、映画は隠喩も引用もないベタで平凡な喜劇で終わってしまう。
さすが「日の名残り」のジェームス・アイヴォリー、「舟歌」に代わり、なんとモーツァルトの「バスティアンとバスティエンヌ」をラストに持ってきた。
当然ながら、小説の文章がそのまますべて映画になるはずはない。
同時に、文章以上に映像で語れることも少なくない。
前述した部分は主に小説に書かれていた事柄だが、小説では無理だが、映画なら自在に持ち込める、音や音楽の数々がとても意味深い。
アイヴォリー監督が巧妙に使った音楽を、気がつくところ、その曲名を列記しておこう。
グルックのオルフェオとエウリディーチェ、「エウリディーチェを失って」
レハールのメリー・ウィドウ、「ヴィリアの歌」
プーランクの「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」
蛇足だが、
小説のなかのラストシーン、それは、ホフマン物語の舟歌。
ニクラウスとジュリエッタの二重唱を記しておこう。
いや、蛇足ではない、
原作者ピーター・キャメロンのThe City of Your Final Destination、やはり、ヴェネツィアの「ゴンドラ」かもしれない。
時は去り、二度と戻らず。
燃え上がるそよ風よ、
私達を愛撫しておくれ、
私達に口づけをしておくれ!
ああ!美しい夜、おお恋の夜、
おお、美しい恋の夜よ!
by leporello1
| 2012-10-24 22:55
| movie
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